できる使用人のチャームポイント
「ミルクさん。今大丈夫ですか?」
コンホーテン夫妻が家を空けていたとある日。屋敷の書斎で、メイドであり、昔風に言えば夫人の侍女でもあるミルクは同僚から声をかけられた。
「はい、何でしょう?」
「奥様のご実家からフォームドさんがいらっしゃってまして」
「父が?」
ミルクの父、フォームド氏は、コンホーテン夫人ことヨハンナの実家の執事である。というか、ミルクの家が先祖代々そうなのだ。
ミルクも当然あちらの家に仕えるように育てられたのだが、いろいろあってコンホーテン家に嫁したヨハンナのお付きとなり、かれこれ十数年が経っている。
「なんでしょう。特に連絡なんかはなかったと思いますが……」
来ていると言うなら相手をせねばなるまい。夫妻が家を空けているので、執事や侍女がその代わりをするのが道理である。
ミルクは手紙の整理をしていた手を止めて、客間に向かうべく立ち上がった。
*
「何のご用でしょう?」
ごく冷静にミルクは聞いた。親子の会話にしては冷ややかすぎると驚く人もいそうだが、従者となるべく訓練されている一族なので、これが平常運転だ。
父親も事務的に返す。
「先触れが間に合わなくて済まないね。お嬢様にと果物を預かったものだから」
む、とミルクは口を結ぶ。途端に父はニヤリと口の端を上げた。
「まだまだ修行が足らんな」
「……失礼いたしました」
ヨハンナ・コンホーテン、齢アラセブ。
ともに育ったフォームドは稀に、彼女のことを「お嬢様」と呼ぶ。あたかも、彼女は未だ生家の掌中の珠であるかのように。
そしてミルクはそれを看過できない。彼女にとってコンホーテン夫人は、出会ったときから立派な奥様で、貴婦人で、憧れの女性なのだ。
彼女が最も輝くのは、コンホーテン家にあって夫のそばに──もとい、夫や子供、孫たちすらも振り回しているときであると信じてやまない。
「一流の使用人はいかなる時も表情を崩してはならんと教えただろう」
「精進いたします」
ミルクは表情をきれいに繕って答えた。すっかりいつもの、同僚たちに鉄面皮と呼ばれるときの顔である。
「お荷物はお車ですか? 人手は入り用ですか」
「そうだね、二、三人貸してもらえると助かる」
親子は連れ立って通用口へと向かう。
娘は知らない。父がかつての遊び相手を「お嬢様」などと呼ぶのは、娘を試すときだけだということを。
父は知らない。身内にしかわからないほどのむくれ顔だとしても、父の前以外で見せるような娘ではないことを。
そして。
「そういえば、ちょうどよろしゅうございました。奥様から皆様方へ、お土産がございます」
「ほう。ではお預かりしていこうかな」
「はい、こちらに。壊れ物ですのでお気をつけください」
「……今度はどんなものかな、参考までに」
「中身をご覧になりますか? どうぞ。東方の──ハニワとか言う人形だそうですよ」
「……また、面妖な顔をしているね……? 相変わらずどこで見つけてくるんだ、こういうの……」
「ふふっ」
結局二人して、コンホーテン夫人のことを話しているときは、どちらも表情がだだ崩れなのである。