運命の女
それからしばらくして、おれはリリィって女と一緒になった。アロエの、母親だな。
あー……どう喋ればいいのやら。何を言っても未練がましくなっちまうかもな。
リリィはグラスランナーらしくいつも誰に対しても笑ってる女で……、けど懐に踏み込んだおれには、時々それとは違う表情をするってとこがたまんなかった。
まあ、大恋愛だったんじゃなかったかって思ってる。カード付きの花だの、ペアグラスっていうのか? そんなの贈ったりしたしな。偉いもんだろ?
……向こうがどう思ってたか、なんてわかんねーけどな。おれの知ってる女の喜ぶやり方、ってのは一通り試したさ。
おれはリリィを女神様みてーに崇めてて、グラスランナー仲間にゃ笑いものにされるくらいだった。気になんかしなかったけどな。住みかも、グラスランナーの営巣地……って一度言われたっけな……みてーな集落じゃなくて、人間の街の片隅だったし。
アロエが生まれた時、おれたち三人の肖像画を作ろうか、とちょっと考えた。結局今ならともかく、その時はそんなコネもなくて断念したけどな。肖像画を作って、送ろうかと。
けど街ぐらいはうろ覚えに覚えてるが、あいつが嫁いだ家の細かいとこなんて記憶にねーし。カトレアって例の偽名も、今もまだ使ってんのかもわかんねーしな。
なんだ、ガキってのは手が掛かるようで、勝手に大きくなんのな。
アロエはきゃっきゃと愛想を振りまいてて、出入りするおれの友達なんかにもかわいがられてた。結局、集落で育てるのとあんまり変わらなかったかもしれない。
食い扶持を稼ぐのも家のことをするのも、リリィとおれは半分こだった。今も背負ってる鍋で作る焼き飯がアロエは好きで、よくねだられたもんだ。
先に住みかを出たのは、リリィだった。
あんまし間を置かずに、おれも旅の生活に戻った。しばらくはアロエと一緒にいたが、そのうち興味の方向がずれてくんのは、まあ習性ってやつだから仕方ねーだろ?
で、しばらくうろうろしてるうちに、またリリィの顔が見たくなるってのも習性のうちだろ。
こちらがその気になって探せば、すぐに噂を捕まえることができた。
……ほんとは、どこそこの集落にいると聞いた時に、その後の展開はわかりきってたんだと思う。グラスランナーが定住するって、つまりそういうことだろ?
だけどおれはそういうことを深く考えるようにはできてねーから、バカバカしくもわざわざ確かめに行っちまったってわけだ。
で、あいつが抱いてる、アロエと同じ色の髪の赤ん坊を見た時、かわいいと思っちまったんだ。
アロエにはこっぱずかしくて芝居がかったことを色々言ったわけだが、あいつの弟だか妹だかになるはずのガキがかわいいと、それだけは確かに、掛け値なしにおれの感じちまったことだ。
いかにも集落で親子の区別なく育て上げるグラスランナーみたいに。
それで、負けたと思ったね。
なんてーのか、おれが後生大事に抱えてたつもりの運命とかそういうもんに、さ。
集落から出る荷馬車の後ろに乗っかって、往生際悪く後ろを振り返ったおれは、いきなりそこから落ちそうになった。
音も立てずに、リリィがそこにいた。
まあ気配もさせない行動なんてのは、おれたちグラスランナーのお家芸だけどさ。
リリィはグレイの目でおれをじっと見て、口を開く。
「……悪かったとは思ってる」
正直、さっきよりもびっくりした。
──こいつも人間みてえなことを言うようになったじゃねーか。おれでもないのに。
「いや、おれの間が悪かっただけだ。
グラスランナーって、そういうもんだろ?」
リリィは、多分苦笑した。開けっぴろげなグラスランナーらしくもなく、何かをひしゃいだように。
おれが好きだった笑いかた。
「……息子、かわいいじゃねーか。
おまえの子供は、おれの子供みてーなもんだからな」
「……あれ」
……その集落から、遠く離れてから気がついた。
いつも荷物になんとなく差し込んどいた、例の革袋が見つからない。
「ああ……」
潮時、というやつだったのかもしれない。
あいつらの家の絨毯の下にでも、紛れ込んでいりゃあいい。
そして次の次ぐらいにそこに住んだ奴が絨毯を新調する時にでも、発見されりゃあいい。
なあリリィ、おれの希望はおまえの希望だ。
だから、だから……願わくば。