運命の女
おまえのものはおれのものだ。
おれのものはおまえのもの。
おれたちグラスランナーは、いつもそうやって生きてるんだ。
なあ。
☆
カトレアという人間の女に出会ったのは、育てて貰った集落を出てすぐのことだから、……おれは年を細かく数えたりはしないんだが、それでももう二十年以上は経ってるはずだ。
「偽名らしい偽名でしょ?」
と言って女は笑ったが、その意味は、人間というもの……中でも妖精使いと呼ばれる一団について詳しく知るまでは、よく分からなかった。
何のかんのでおれとカトレアは、随分長く一緒にいた。といって特別な関係だったわけでもない。あいつがいておれが加わった隊商の空気が、二人とも性に合ってたというだけの話だ。
妖精使いのカトレアは、妖精の手を借りてかなんなのか、カード占いにも長けていて、野じゃあ隊商の明日進む方角を決め、街にあっちゃあ人を集めてその明日に助言をしていた。
客は客だ。隊商の奴らは気がいいやつらで、めったに外さないカトレアの占いの外れた時にも笑ってはいおしまいとしていたが、人の運命を占う時はそうも行かない。
文句を付けられることももちろんあるし、愛想を使わなきゃいけない時もあったろうし、……いけ好かない内容の占いを頼まれたこともある。
そしてそんなときにカトレアが愚痴る相手に決めてたのが、なぜか人間仲間じゃなく、このおれだった。昨日のことは忘れて笑ってる性分のグラスランナーだから都合がよかったのかもしれない。
……そういえば、おれが客の秘密を口外するかもしないって、あいつは思わなかったんだろうか。
グラスランナーにとって鍵ってもんは、それが口に下ろすもんであっても、ねーも同然なのにな。
「ねえ、コン、聞きなさいよ。お勘定はあたしが持つから」
あいつはおれをコンと呼んだ。いつものその言葉が出ると、おれは馬の世話だの荷物の積み卸しなんかの手を止めて、へいへいと言って付いていく。上の奴らも片目をつぶって見逃してくれていた。ま、グラスランナー一匹の力なんて、もともと微々たるもんだしな。
「で、今度はなんだ? セーリャク結婚とかの勝算か? 自分から捨てた子供のユクエか?」
カトレアはいつもそんなネタでばかり怒る。
「もっと悪いわよ。姑が嫁と反りが合わないからって、生まれた孫息子だけ残して追い出せないかって相談よ」
「へー」
正直、シュウトメとかマゴとか言われたってぴんと来やしない。
「悪いやつなのか、その客」
「追い出される身にもなってみろっての!」
「でも今回も、きれーにまとめてやったんだろ? 客が望むようにさ」
「もちろんよ。あたしを誰だと思ってるの?
あああたしもこんな姑に困らされたわー、とか、どーせ旦那もろくでもないんでしょ、こんな家嫁だって願い下げよねーどっちに転んでも子供がかわいそうねとかいう感想は封じ込めて、そりゃもうかんっぺきに対応したわよ。……あぁ、あのろくでなし共、今頃何してんのかしら。
ま、あたしの場合は子供がいなかっただけさっきの話よりはマシだったかもしれないけどね」
「へえ、おまえが結婚してたなんて、知らなかったぞ」
「当たり前だわ、言ってないもの」
きっぱりと言い切ると果実の絞り汁を威勢良くあおる。
「なんでかしらね。親父みたいな男とは絶対付き合わない、って決めてたのに、実際に結婚したのは気づいてみたらそっくりの男だったのよ。まるで自分から不幸になりに行ったみたいじゃない」
「……占えばよかったじゃねーか。そいつと付き合って不幸にならないかどーか」
「自分のことは占えないのよ。読み方にこうだったらいいなっていう、余計な願望が入っちゃうから。
それと不安とか」
「ふーん、そんなものなのか」
「そんなものよ。不安とか悩みとか、あんたにはわかんないかもしんないけど」
「そのとーり。
ま、そもそもおれは親父からして覚えてねーけどな。じーちゃんはよく覚えてっけど、それだって人間の言うじーちゃんみたいに親父の親父ってわけじゃねーし」
「……育ての親、ってことかしら?」
「ま、だいたいそんなもんだな。あと兄ちゃん姉ちゃん、弟と妹がたくさんだ。たっくさんいたから全部は覚えてらんねーだろーな、きっと」
「あっきれた。
グラスランナーって、みんなそうなの?」
言葉と裏腹にカトレアは笑い出して、いつもそんなふうなのがおれたちの会話だった。
旅仲間が旅を終える日は、唐突に来た。隊商にいくつかある毎年訪れる拠点の一つで、あいつが来るのを首を長くして待っていた物好きがいたんだ。
結婚するわ、と言われた時、おれはたいして驚かなかった。
「じゃ、おれがおまえの幸せを占ってやるよ」
おれは草笛を吹いていた手を止めて、馬車の荷台から飛び降りると、片足を強く振りかぶって、
穿いてた靴を放り投げた。
「ほらみろ、ちゃんと穿き口が上になったろ?
おまえの結婚は大正解だ」
カトレアはすこしのあいだ、何がなんだか分からないような顔をしていて、そしてすぐに笑い出した。
「あははははは!
あっきれた、そんな占いなんてあったもんじゃないわ!」
「いいじゃねーか、こいつなら不安とやらの入り込むすき間はねーぜ?」
おれは得意げにしてみせる。
「……そうね、ありがとう。
あのね、コン、今まで世話になったお礼に……」
「なんだ、占ってくれんのか?」
聞いてみれば、カトレアは変な顔をして笑った。
「……無理よ、あたしはもうあんたを占えない。
そうじゃなくてね、隊のみんなに一枚ずつ、カードを贈ることにしたの。お守りになるわよ」
商売道具じゃねーか。
……いや、もうその必要はねーのか? 小金持ちの奥様に収まるんだしな。
「コンにあげるのは、これよ。《太陽》ってカードなの」
「ふーん。空にあるアレか」
顔が付いた丸いやつがこっちを見ている。咲き誇るでっかい花に、子供が二人。
「そうそう、明るくなってゆく運命を表してるのよ。幸せな結婚とか、子供の誕生とか」
「なんだ、……おまえが持ってなくていーのか?」
何度も聞かされたカトレアの結婚観。いつも笑っている両親がいて、すくすく育つ子供。
「あたしはもう叶ったもの。
ねえ、あんただってさっきそう占ってくれたでしょう?」
「……そーだな」
なんとなく、それで、おれがグラスランナーらしくもなくこの隊商に居続けた理由がはっきりした気がした。
それでもしばらくそこにいたのは、何か予感があったからかもしれない。
次の年ある場所で、おれは自分宛ての軽い荷物を受け取った。
中にはまるでカードと合わせたような大きさの、若い夫婦と母親の腕に抱かれた赤ん坊の肖像画。
カードのために用意した革袋に、おれはそいつも突っ込んだ。
それで、おれは隊をあとにした。
オーケイ、カトレア。
おまえの祈りは、おれの祈りだ。