Witch With Wit-*

魔法少女えりか トレーラー

『──れた先月の事件で、警察は新たに、事件に関わっているとみられる防犯カメラに映っ──』
『──県などの沿岸部で、プランクトンの異常な増殖により、広い範囲で──』
『──に起きた山林火災は未だ消し止められておらず、消防などは、──』

 暗いニュースが続くな、と悠はつぶやいた。
 朝練に備えてこの時間に早起きし、テレビのニュースをつけっぱなしにしながら自分と同居の保護者の朝食、お弁当を用意するようになってから一年と少し。
……たったそれだけだが、一年前にはもう少し、明るいニュースの比率が多くはなかっただろうか。花が咲いたとか、鳥がやってきたとか。
 まあ、そんな日もあるか。悠は思い直す。この程度の事件、重なることもあるだろう。隣の国が核ミサイルを撃ってきたとか、地球の裏側で同盟が破棄されて戦争が始まったとか、気候変動が起こっていよいよ人類が危なくなりそうだとか、そんなニュースが流れたわけでもないのだ。
──それよりも。
「うわっ、ちょ、先生起きて!」
 それよりも目下、野崎悠の生活上最大の問題は、なかなか起きてこない同居人の存在だった。
 オレンジの常夜灯だけ灯されている寝室に、躊躇なく入り込む。同性だし、年代も近いし、どうやら遠い親戚らしいし遠慮はない。いや、悠だって最初の頃は、そんなに年も離れてなければ血縁だって近くないこのお兄さんが、自分を引き取って養ってくれるというのでそれなりにエンリョしたり、敬ったりしていたわけなのだが。
「かずみん先生、朝! メシ!」
 明かりを最大にし、自分の部屋にあるものと同じ柄のカバーを掛けられた布団をひっぺがす。(別におそろいとかそういうのではない。二人共にファブリックに無頓着だった結果、スーパーで同柄のセットをまとめ買いすることになっただけだ)さすがにこっちは柄の違う、しかし地味さでは悠のものと大差ないパジャマを着た三十手前の男性がまぶしさをよけて転がった。
「んん~、あと五分……」
「二度寝してもいいですけどそしたら俺、いないですよ? 俺は構わないけど、アラサー独身男のぼっちメシイヤだ寂しいせっかく同居人もいるのに、ってめそめそしてたの先生ですよね」
 つい先月の話だ。
「…………起きる」
 大人げないと思ったが、ベッドの主はむくりと身を起こした。くせのある髪が顔にたれかかっている。
 よし、と身をひるがえして悠は台所に戻った。一応、あそこまで起き上がればきちんと起きてくるのが悠の保護者だ。
 納豆、もずく、ベーコンに、今日の卵は半熟目玉焼き、悠も先生も醤油派だ。焼き海苔、豆腐とネギの味噌汁、そしてほかほかつやつやの御飯。
 弁当は今日は肉詰めピーマンとレンコンのきんぴらだった。ゆうべ作ったのを二つの弁当箱に詰め、巾着袋の口を縛った辺りで同居人が顔を洗ってダイニングに現れた。
「うーん、今日も完璧な朝ご飯。悠君はいつでもお嫁さんになれるねえ」
「先生の仕込みがよかったからね」
 二人向かい合って食卓につき、いただきますと手を合わせてそんな会話をした。悠の家事は、すべて目の前のお兄さん仕込みだ。
『──の海上で消息を絶った、航空機──』
 付けっぱなしだったテレビが、また明るくはないニュースを流している。ちらりとそちらに目をやる。
 テロ事件だったらイヤだな、閉塞した社会情勢を反映したなんとかとかいう。などと、ふと思った。
「──悠君は、」
 出し抜けに声を掛けられて正面に視線を戻す。納豆御飯をかっ込んでいた手を止めて、先生が、まっすぐこちらを見つめていた。
「悠君は、夢とか、って?」
「──夢?」
 たぶん、夜おふとんの中で見る、あれのことではない。
「なんで?」
 唐突過ぎて聞き返したら、先生は一瞬納豆に目を落として、そして、再びこちらを見ると、ふにゃりと笑った。
「──いや。……進路指導、あるからさ」
「……ああ」
 教室で聞けばいいじゃないか、担任なんだし。──いや、これは保護者としての質問だったんだろうか。
「俺の夢はあれだなー、早く大学出て自立して、かずみん先生に恩返しをすることだよ」
 思わず出た、ド直球本音だった。
 先生はきょとんとしていた。……にわかに照れくさくなる。
「いやぁ、先生がナツキ先生と結婚するっていうなら、今すぐにでも独立するけどね?」
 つかず離れずではっきりしない関係の女性の名前を出して茶化せば、先生は、うっ、と何かが刺さったような顔つきをした。おかしくなって、笑う。
「……そんなこと、いいのに」
 たぶん二つの意味で、憮然とする恩人を、悠はせかす。
「ほら、片付かないから。俺、朝練」

 君には夢があるかい?
 なりたいもの、
 叶えたいこと、
 共にいたいひと。

 学校を見下ろす鉄塔の上で、英里花は靴の紐を締め直した。それから装備を確認する。──なにしろ一年ぶりの実戦だ、準備はしてしすぎるということはないだろう。
 インカムからポーン、ポーンと音がしている。高所を吹きすさぶ風が強い。
 英里花の左の二の腕にしがみついた、小さな黒いコウモリの羽根を生やした緑色の毛玉が、憤ったような声を上げる。
「エリカがやることないのにさぁ! あいつら、まだエリカの補給手段、見つけられてないんでしょぉ!?」
 少女はそれに構わず、ベルトポーチの中の物資を数えた。──よし。
「ねぇエリカぁ、やめようよぉ! エリカがまた倒れちゃったら、ニンゲンだって守れないでしょぉ?」
「キアッキエーラ、黙って」
 毛玉の名を呼んで制すると、英里花はファンシーなデザインのペンダントトップを握りしめた。二言三言、つぶやく。
 それは撫子色の光を発すると、みるみるうちに大きく、長くなった。
 この武器と英里花の力だけが、“やつら”を打ち据えることができる。──この界隈では、英里花だけが。
「エリカってばぁ! どうしてあんなやつらのために、そんなに無茶するのさぁ!」
 毛玉のもうほとんど泣き声にも聞こえる不平に、彼女は、ただ、一言。
「それが私の、生きる意味だから」
──それだけ残し、鉄塔の上から目標の地点へ身を躍らせる。

 今日のお昼に食べたいもの、
 帰り道で寄りたい場所、
 だれかに、話したいこと。

──これは、だれかのソレを守る物語。