Witch With Wit-*

最終難関ミッション

「ですからね、いい店を教えてもらったんですよ」

――なんで僕ここにいるんだろう。もう帰ってもいいかな。

 サンキストはリプトンについて歩くようになってから幾度となく思ったことを、その時も思った。
 ここはニッポン、単なる教授の学会出席のお供として来たはずのトーキョーでの話である。
 はず、というのは他でもない。リプトンが性懲りもなく思いを寄せるこの夫人のおかげで、戦車から謎の組織の暗躍まで飛び出したいつもの大騒動がこの極東の地でも起こったのだ。

「なので、マダムにはぜひ足をお運びいただきたく……」

……まあ、リプトンの気持ちもわからないでもな……くはないが、これでも彼は頑張ったのである。土地勘もなければ人脈も今一つの異国の地で、コンホーテンと敵対するとある組織を抑えるため、財界から退いて久しいと言われる人物をあの手この手で探し当て、引っ張り出し、決戦の場に送り届けたのだ。
 少しぐらい見返りがあってもいいだろう。

――けどそれは、僕にとっても同じことのはずなんですが、ね。

 当然、リプトンの補佐をしたのはサンキストである。この老婦人のおかげで、踏まなくてもいい場数を踏み、ただの教授の助手だったら絶対に経験しないような実績を積んでしまった。それをこんなアウェイでも発揮することになるとは。

「せっかくのお誘いだけどね。着替えはオーサカのコインロッカーに置いてきちまったんだよ」

 コンホーテンは肩を竦める。その斜め後ろでは、たまに見かける彼女のメイドが慇懃に会釈をした。

「そんな、マダムはお着替えなどなさらなくてもいつでもお美し――」

「なかなか使える男に育ったようだが、女心はまだまだ。のようだね?」

 クッ、とコンホーテンは喉で笑う。

「あんたの贔屓目は有り難いけどね。さすがに埃やら硝煙のにおいをまとってたんじゃ、あんたの言ういい店とやらに迷惑だろ?」

 バチン。サンキストまでが見とれるような、鮮やかなウインクだった。

 はぁ。サンキストはため息をついた。このミッションはどうにも難しすぎる。教授には考え直していただく他ないだろう。

「夫人のおっしゃるとおりです。皆さんお疲れでしょう、堅苦しい店はやめたほうがいいかと」

「ふむ。確かにそうか」

「はい。それに……夫人ばかりをアテンドするというのも」

 と言ってサンキストは彼らの後方に視線を送った。それを追いかけたリプトンの喉が、――ひくっと音を立てる。

 彼らが探し出してきた、小岩井老人。付き添いの、大きな帽子を被った女性。
 コンホーテンと戦車に乗って東海道をやってきた、目付きの鋭い男。
 いつの間に合流したのか、派手なキモノの男と笑顔のバーテンダー姿の男。
 そしてリプトンの息を詰まらせたのは、たった今到着したばかりの男だ。彼は数人のサングラスの日本人を従えており、「おーい、リプトン君!」とこちらに陽気に手を振った。

「な、なんで……」

「さすがのコンホーテン夫人ですね。人望の厚さは極東でも健在のようだ」

「だ、だからってあいつまで! いつの間にトーキョーに来たんだ!?」

「おや、彼のおかげであんたと渡りを付けられたんだけどねえ」

 おかしそうにコンホーテンが指摘すると、リプトンはうぐっと黙った。

「ま、そういうわけですよ、教授。みんなそれぞれ重要な役割を果たしました、最高の仲間たちです。全員が入る慰労会の会場を探さなければなりません」

「ハイ、ソウデスネ……」

 みるみる肩を落としたリプトンに、さすがのサンキストもやや同情しないでもなかったが。

「――あ、僕はヤキニクが食べたいですね」

 呑気に声をかけてきたのは警察関係者とのやり取りから戻ってきたコンホーテン青年である。その上着はところどころ破け、焦げていた。

「ヤキニクならにおいも気にしなくていいでしょう? 一度食べてみたかったんですよね、ニホンのヤキニク」

「……それを言うなら私は、本場のおスシを頂きたいです」

 メイドまで参戦してきた。

「奥様はパーティーで召し上がったようですが、私は控室におりましたので……」

 さすがコンホーテン家のメイドである。その眼光は譲る気はないぞとはっきり表明していた。

「ヤキニクに、スシ……」

「えっ打ち上げの相談かい? リプトン君、とりあえず僕は一杯やりたいね!」

「私はあっさりしたものがあれば嬉しいですわ。お爺様もおりますし」

「大阪でお好み焼き食べそこねたからなぁ」

「甘いものはあります? こっちは頭脳労働だったもんで……」

「美味いコーヒーがあれば文句はありませんよ」

「精がつくものを」

 頼れる仲間たちはわらわらと(たか)って口々に勝手なことを言う。リプトンは腕を振り回し、叫んだ。

「……ええーい! ちょっと! 待ってなさい!」

 サンキストは無言でタブレット端末を取り出し、画面を立ち上げた。

「サンキスト君! 全員が入れて、ヤキニクとスシとオコノミヤキと精がつくものと軽いものと甘いものと美味いコーヒーと酒を提供するお店を探しますよ!」

「はい、教授」

 タブレットを手渡して、サンキスト自身は自分のスマートフォンを起動する。――事件は解決したというのに、また一仕事である。

……だが、心配はないだろう。財界から引退した謎の老人の居場所まで探り当てたのだ。この程度の条件、赤子の手をひねるにも等しかった。
 なんだかんだ言ってサンキストは、リプトンとそれを補佐する自分のスキルを、疑ったことはなかった。

 スマートフォンを操るサンキストの口の端がかすかに上がる。
 それを認めた二人のコンホーテンは、おや珍しいこともあるもんだ、とそっくりの目を細めた。