上野さんと田島君 – ゑひもせす①
「上野さん、外回りから帰っておくつろぎのところ申し訳ありませんが、少々よろしいですか」
「──ま」
「またお前か、というのは私の台詞です。上野さんが一発で書類を揃えてくだされば、私も足を運ぶ必要はなくなるので。
こちら、領収証の添付が抜けています。それから判が一つ足りません。あとこちらは、日付が合っていませんので打ち直しです」
「……すみません」
「結構です。では、本日中に」
「ひなたー、あんた今日の歓迎会……、なにやってんの」
「見ればわかるでしょ」
「ははあん。そのむくれっぷり、また田島君か?」
「いや別に田島氏が悪いんじゃないってことはわかってるけどぅ」
「けどー?」
「……でも、もうちょっと言い方ってもんがさぁ」
「しょうがないなぁ。ちょっと亜貴様が手伝ってあげよう。こっち印刷し直せばいいの?」
「亜貴ちゃぁぁぁん」
「よしよし。……しかし田島氏も、なんであんたにばかりそうキツいかねえ? 他の人間には、っていうか、あたしの目の前ではあんたにだってそんなに嫌味じゃないように見えるのに」
「まじで」
「おう、人当たりもいいとこよ。冬季限定メルティキッス並みよ」
「なんじゃそりゃ。……無能な人間が嫌いなんじゃない? うぅ……」
「こら、自分で言って凹むなら言うな。──でも確かに、叱咤してるつもり説はあるかもね? 前に融通きかせてって頼んだ時なんか言われたらしいじゃん?」
「『(眼鏡くいっ)それがあなたと社のためになると思うなら、言われる前からそうしていますが?』」
「そうそれー。あっ印刷終わったから取ってくるね」
「ありがとー。……でもほんとにメルティキッスなら、それこそもうちょっと考えた言い方しない?」
「確かにねぇ」
「おお、遅かったな上野。まあ主賓の田島もさっき着いて挨拶したところだけどな、さあさあ、長渡の隣空いてるから座れ座れ。ビールでいいか? お姉さーん!」
「すみません……はいそれで、お願いします」
「上野お疲れー。領収証見つかったん?」
「はい、長渡さんたちが出てから何とか……にしても、経理に提出したあとすぐ帰り支度して出てきたと思うんだけど、なんで提出待ち構えてたはずの田島君が私より早く着いてしかも挨拶まで済ませてんの、解せぬ」
「どうした、ぶつぶつ言って」
「いえなにもー。てか、なんで経理の田島君の歓迎会をうちの課でやるんでしたっけ?」
「お前聞いてないの? あいつ、ライセンスまだ届かないから一時的に経理やってるだけじゃん。あ、ビール来たぞ」
「あざっす……ああまぁ、それは知ってますけど」
「ライセンス来たら多分営業二課に配属だってよ?」
「ぶっ」
「うわ、こぼすな。ほらおしぼり」
「すんません……うぅ、ってか私、人事部じゃないから田島君の能力とかほとんど知らないんですけど、営業向いてるんすか? あのクソ細かさ、経理になるために生まれてきたような人なんじゃないですか?」
「わは、恨み節極まってるなぁ」
「だってぇー……」
「ほら、焼き鳥来たぞ。呑め呑め」
「ありがとうござびばすぅ……」
「もう酔ったか? ははは」
「そんなことないです、そんなことはないんですけど、なんかこー、今日は領収証探しで疲れたし、まぁ自業自得なんですけど、それもコミで呑まずにいられない気分? 的な」
「お前一応今日は歓迎会なんだからさ、ペース考えろよ。……それとも、さ」
「?」
「呑みたい気分なら、これ終わってから──俺と二次会行くか?」
「……えぇー長渡さん秘書課の彼女に怒られますよぅ」
「大丈夫大丈夫、相手がお前ならあいつも何にも言ってこないよ」
「やー先輩じゃなくて、私がにらま……」
「ん? ……うおっと」
「お疲れ様です長渡さん、上野さん。盛り上がってますね」
「(助かった……、って、こいつ)」
「お、おう。田島、課長はいいのか?」
「はい、主任とゴルフの話に突入しちゃって、それ自分あんまわからないんで。さっき自分の噂してなかったですか?」
「おう、耳ざといな」
「地獄耳」
「こら上野。てか田島、営業二課に配属になるかもって話こいつ知らなかったぞ。いつもあんだけ手間掛けさせてんのになぁ」
「……自分としては、特段上野さん個人に何かしら思うところがあるわけではないのですが……、ご存じなかったんですか」
「情弱って言いたいんでしょ」
「いえ、私に興味はないんでしょうねぇ、さもありなんと思ってます」
「よくわかってんじゃない、ってかあんただって私個人に興味はない的なこと言わなかった今!?」
「はい、よくわかりましたね、お互い様ですね」
「長渡さんこいつうぅぅ!」
「どうどう。……田島お前、俺が思ってたより面白いやつな」
「はぁ。恐縮です。あ、お注ぎします」
「おうありがと。ほれ上野、唐揚げとポテト来たぞ食え」
「むむむぅ」