森の中のお百姓さん
長閑な郊外、このあたりではなだらかな丘に小さな森と、広い畑がある。
そこかしこで緑の麦が芽を出す、そんな畑の間を縫って、土の道が続いていた。
なぜか今その道を、この光景に似つかわしくない人影が走っていた。
「ぎえええ〜! あの女、どこまで追いかけて来やがるんだよ〜!」
必死で道を駆ける三人の男、この暖かいのに上下黒のスーツで固めている。細いサングラスもお揃いだ。
悲鳴を上げたのは一番ちびの一人。短足な分、他の二人よりも走るのがきつそうだ。
「兄貴、ここは一つ、次の曲がり角で二手……いや三手に分かれるのはどうです!」
「バッカ野郎! あいつが誰の手先か知らねえのか。コンホーテンババアだぞ! 一人でもお縄になったら即アウトだ!」
ガタイの大きい男が、痩せた金髪の男に提案するが、ばっさり切り捨てられる。
「へ、へい……」
大きな男は首をすくめて後ろを窺う。ちょうどその時、丘を回って『その女』の姿が現れた。
「止まりなさい! ここまで来てはもう逃げられませんよ!」
まとめた髪に黒いワンピース。いつもの白いエプロンはどこかに脱ぎ捨てた、万能メイドのミルクさんだった。
「ひっ、ひえええ〜〜〜!!」
男たちの足の回転速度が上がる。半泣きで前に向き直り、ふと、あるものを見つけた。
木製の荷車と、そのすぐそばに腰掛けた農夫である。
「邪魔だジジイ!」
「いや、待てっ」
怒鳴りつけてどかそうとする大きな男だったが、それを兄貴が制した。
「こいつを人質にすればあの女も手を出せねえんじゃねえか……!?」
「……!! さすがですぜ兄貴!」
さっと二人の子分が兄貴の前に出て、老人に襲いかかろうとする。あわや!
「ジジイ! てめえに恨みはないが……ぎゃあああああ!?」
大きな男はみぞおちを強かに打たれて悶絶した。農夫が立てかけてあった干し草用フォークを、絶妙な角度で地面に刺して、取っ手を飛びかかってきた男に向けたのだ。
「大人しくしてりゃ命までは……ぎぃぇぇぇぇ〜!!!!!」
小さな男は足を何かに取られてつまづき、干し草に倒れ込んだと思ったら全身の痛みに悲鳴を上げた。くいっと農夫が何かを引っ張る。仕込まれていた有刺鉄線の端だ。
「な、なんだテメー!」
金髪の男は追われていることも忘れて農夫に凄んだ。
大男は地面でのたうち回り、小男は痛みで暴れた拍子に全身に有刺鉄線を引っ掛けてしまった。
子分が二人ともコケにされて、黙っていられるようでは兄貴をやっていられない。
「何だと言われてものう。ただの老人ですじゃよ」
農夫はあくまでもとぼけた様子である。
「テメー、痛い目見てえようだな……!」
拳を固めて農夫に殴りかかった男だが、膝に痛みを覚えたと思ったら、次の瞬間、視界には空が広がっていた。
「なんっ……!?」
慌てて身を起こそうとするが、
じゃきん。
「おっと、動かないほうがいいよ。眼球を持っていかれたくなかったらね」
目の前には干し草用フォークの鋭利な刃先が突きつけられていたのであった……。
そのすぐ横に、女の顔が現れる。追いついたミルクさんである。
「だから申しましたでしょう。ここまで来てはもう逃げられませんと」
ミルクは見ていた。農夫が鮮やかな手つきでフォークの取っ手を膝の急所に叩きつけ、素早く立ち上がって足払いをかける様子を。
「その格好は何でございますか、旦那様」
とりあえず、顔に汚れや付け髭までつけて農夫になりきっていた雇用主に突っ込んでみる。
「木の葉を隠すなら森の中、と言うだろう?」
「用法が違うかと存じます……」
ティーブレイクタウンは今日も平和である。