Witch With Wit-*

しかしながら、ロールモデルとしてはどうかと思う

 カスパル・ファン・コンホーテン青年は、一抱えもある段ボール箱を慎重に床に下ろした。ふう、と安堵の息を吐く。
 ティーブレイクタウンにある小さな教会のホールは、窓からの光で心地よく明るい。並べられたテーブルの一つが今日の割り当てだ。定例のバザーである。
 段ボール箱の中には、一つ一つが丁寧に梱包されたお手製のおもちゃが詰められていた。それを片っ端から解いて、テーブルの上に並べていく。
 半分ほどの作業を終えた頃、隣のテーブルにも人がやってきた。中年の女性で、やはり同じように大きな荷物を置いている。箱からは手芸の作品が覗いていた。
「こんにちは」
「こんにちは、今日はよろしく。……あら、コンホーテンさんの……失礼?」
 隣人はこちらのテーブルに並べたものを見て、常連である祖父の作であると思い当たったようだ。
 フィリップ・ファン・コンホーテン氏は、界隈で有名な発明家であり、篤志家である。
「孫です。祖父は今日は旅行に行っていて」
「あらいいわね。お祖母様とご一緒?」
 祖母のほうはといえば、これまたこの街では……いやもしかしたら、アメリカじゅうでの有名人だった。良くも悪しくも。カスパルは複雑な笑みを浮かべた。
「はい」
 ヨハンナ・ファン・コンホーテン。世界中でその手綱を握れる者が存在しないと言われるじゃじゃ馬である。
 ……夫君である祖父フィリップはどうなのかって? 身内としては、ひたすら微苦笑するのみである……。
 ともあれ、今日のカスパルの役目は祖父の代理だ。ここのところ祖母の“旅行”のお目付役が続いていた孫としては、肩の荷が下りた思いでもあった。
 一抹の不安がないでもなかったが。

「あら、今日はおじいちゃんじゃないのね」
「おじいちゃん? いないの?」
「これおじいちゃんが作ったやつ?」
「あのね、これね、おじいちゃんが壊れたら持ってきなさいって……」
 バザーは盛況であった。そしてカスパルが掛けられた声の実に八割がこんな感じである。
 最後のはたまに祖父の手伝いをするカスパルにもどうにかなるものだったので、その場で修理してやった。自分の工具箱を持ってきていてよかった。
 忙しかった半日が終わり、日の光もすっかり差し込む窓を変えた。
 それにしても大人気であるな、祖父は。おもちゃも閉会を前にしてきっちり売り切れたし。
 そんなことを考えながら後片付けをしていると、同じように片付け中の例の例のお隣さんと目が合った。……なんか、妙ににこにこされている。
「……どうしました?」
「いえ……その。お祖父様にそっくりだな、と思って」
 我慢できないようにふふっと笑った隣人はそんなことを言う。
「……はあ……よく言われます」
 なんと返したらいいのか、とりあえず事実を述べてみたら、隣人はぱっと顔を輝かせた。
「やっぱり!? 本当に似てるもの。ちょっと見たときはね、物腰柔らかで、お祖父様とは正反対だなって思ったんだけど」
「あはは……それも、よく言われます」
 フィリップ・ファン・コンホーテン氏は無表情が服を着て歩いているような老紳士である。無愛想なのではなく、礼儀正しくもひたすら顔が変わらないのだが。
「あっ、でもね、小さい子が来たときなんかはお祖父様も腰を折って相手してあげてて……そんなところもそっくりだったわ」
「ええ」
 何度かバザーを手伝いに来たときや、祖母の元を訪れる小さなお客さんに相対したとき。祖父はしゃがみ込んで、彼らとしっかり目を合わせて話していた。思えば自分も幼い頃はそうしてもらっていたな、と気がついたのはいつのことだったか。
「僕も、それは祖父の美徳の一つだと思ってまして。ですから、心がけて真似をしているんです」
「あらあ、うふふ」
 何が嬉しいのかはわからないが、ますます隣人はにこにこする。カスパルも、悪い気はしなかった。

 有名すぎる祖母や祖父のことを話題にされて、もやもやしていたのは、カスパルの記憶ではもう遠い彼方のことである。
 曲がったことは絶対にしない、近所の子供たちガキどもから国家まで救い、人々に感謝される老夫婦のことを、カスパルはやはり誇りに思っている。それは一族の者も皆。
 彼らのようになりたい、などと大それたことは思わない。
──カスパルの今の目標は、彼らに恥じない孫となって独り立ちすることである。なんとささやかな目標であろうか。

「と、失礼」
 ほんわかとした空気を電子音が破った。カスパルのスマートフォンである。相手に断って着信画面を見ると、ヨハンナの名が表示されている。
「はい、僕です、おばあさま。どうしたんです? ……え? 空港まで? いいですけど……ご自分の車で向かったのでは?」
 なんとなく展開が読めて、隣人は口元を押さえた。
「……載らない!? 一体何を持ち帰っ……いや、今度は何をやらかしたんですか!!」
 突然の叫び声に、ホールじゅうの人がなんだなんだと視線を送る。
「いえ! ええ、そうではなく……反抗期!? そんなものはとっくに終えました!! 母さんたちだって言うでしょう、おばさまだって! ええ、ちょっと! あっ切られた!!」
 ヨハンナとフィリップ。老境を迎えてもその推進力は衰えず、二人揃ったときのシナジーはお聞きの通りである。二人揃ってどんな事件を巻き起こしたのか、今から聞くのが怖い。
 さらには家族に、お目付役がいないとこの通りだ、また頼むよ、と肩を叩かれるところまで予想して、カスパルはがっくりと力を落とした。

 ささやかな目標を持つ、アメリカの片隅の青年。
 彼の反抗期はとうの昔に終わったが、受難の時期はまだまだしばらく続くようである……。