Witch With Wit-*

度し難い男

 カシャン。軽い音が足下からした。

 言葉を交わしていた三人は、つられてリノリウムの床の上に目をやった。リプトン教授、サンキスト、そして彼らの職場を所用で訪れていたコンホーテンである。
「おや」
 コンホーテンがさっと屈み込む。拾い上げたのは、大きなリングのついたキーホルダーだ。
 サンキストには見覚えがある。それは確か、今は表の駐輪場にあるはずのコンホーテンの愛車のキーにつけられていたものである。
「金具が緩んでたかね」
 口の端にうっすらと笑みを浮かべて、コンホーテンはそれを胸ポケットにしまった。ぽんぽん、と服の上から確かめるように叩く様子を見て、リプトンが口を開く。
「代わりのものを贈りますよ」
「いや、いいよ。丸カンで繋げればまだ使えるだろ」
 教授はなぜこうも毎回、必ず断られるだろうと自分にもわかることを提案するのだろうと、サンキストは思う。
「いや、でも──大事なものなのでしょう? 今は拾えたからよかったが、次は走行中に外れてしまうかも知れない。それならば私のさし上げる、あなたにとってはどうでもよさそうなものを普段使いにして、それはお部屋にでも飾っておいた方が」
 サンキストの見る前で、コンホーテンは徐々に笑みを深めていった。
「──大事なものなら怖がってしまい込み、眺めて心の慰めにする。……あたしがそんなタマに見えてるのかい、坊や」
 呼ばれたくないそれを突きつけられ、リプトンはうっと詰まった。老女は続ける。
「ああそれにね」
 そのときのウインクは、サンキストでもうっかり見とれてしまうような色気があった。
「なめて貰っちゃ困る。あんたから受け取った気持ちものを、いつ失くしてもいいと粗末にするようなババアじゃないよ」
 だから受け取らずにおくのさ。最後に彼女はそう肩をすくめた。

 研究室に戻るリプトンの足取りはちょっと浮かれている。それを認めてサンキストは、大きなため息をついた。どうせ今の彼の耳には入らない。
 ふと、身内の年上の女性たちが、「男をかわいいと思っちゃ最後だよ」と言っていたのを思い出した。
 コンホーテンは掌でころころとこの男を転がしている。それはかわいがっているかのようにも見えるが、なんとなくお姉様方が言っていたこととは違うような気もする。
 少なくとも今、サンキストに言えることはひとつだ。
「恋とは……なんと愚かなのだろう……」