Witch With Wit-*

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ウォルトは薄暗い物置の長持から、透ける柔らかい布を取り出した。勝手知ったる神の家。
どうしてこのようなものが騎士神の神殿に必要なのか、わかるようでわからない。
物置は直射日光が入らないような作りであるが、それでも、蒸し暑かった。

五月の節句。
この神殿では来訪者に聖別した餅や干菓子、神酒を振る舞ったり、過去一年にさかのぼって特別な功績のある者に褒賞を出したりしている。
そして参拝客が一番喜ぶのが、信者から選ばれた少女数人による舞の奉納だ。
その中に、ここ数年連続して選ばれている、地元のお偉いさんのお嬢さんがいた。

仏頂面と言うにしては、ちょっと可憐すぎる。……ともかく、隠すつもりがないのか、隠そうとしてそれなのか、アイリーンは不機嫌そうな雰囲気を醸していた。
ウォルトは衣装の入った長持を、控え室まで運ぶ役回りだった。
「なんだ、もう飽き飽きって顔してるな」
「事実ですもの。そろそろ他の方に代わって貰ってもいい頃だと思いますわ」
「……まあ、普通は神さんの声が聞こえるようになった子は一回限りっていう慣習のはずだしな」
それでも彼女が選ばれ続けていたのは、神殿の分かりやすい宣伝活動なのだったろう。
かたや華やかに装飾された神官服に、紗のかぶりものを纏い、剣を捧げて舞う。
かたや明け方にたたき起こされ、荷物運びにテント立てにと走り回り、日がとっぷり暮れても出し物の続く限りは宿舎へも帰れないしがない身の上。
それを恨みに思ったことはない。まさにこの時のように、お姫様にはお姫様なりの苦労や葛藤があるのだろう。恨んだことも羨望したこともないが、……ひとつだけ、うっかりこういう瞬間に、にじみ出すものがある。

「……神さんの声、聞こえるんだもんなあ」

アイリーンはこちらをじっと見上げ、心底、何を言っているのかわからないという風情で小首を傾げた。

「声が聞けるかどうかと、人を守ろうとする意志には関係がないのではなくて?」

「……はは、そりゃそうだ。
さて、着替えるんだよな。俺は退散するよ」

五つの時に預けられて、それから十五年。
様々な背景や年齢層の修行者に混じって鍛錬を重ね、それ以外の時間はこうやって雑用にかり出されて。
そんな自分のことを、お嬢さんは知っていてああ言ったのか、それとも。そこはウォルトにはわからない。
ただ、結局祭りの終わった明日からも、自分は声を聞くためにと称される修行を続けていくのだろうとは確信していた。

次の年の節句、アイリーンの姿は舞台にはなかった。……いや、神殿そのものから、消えていた。

そして、ウォルトが起こした騒ぎもきっと知らないままだ。
しかし風に乗って、アイリーンが果たした活躍をウォルトは少し耳にした。
それはもし事実でなくてもウォルトを驚かせるに十分な話だったが、ともあれ、いつになっても、お嬢さんとは対照的な我が身であった。

ウォルトは薄暗い物置の長持から、透ける柔らかい布を取り出した。勝手知ったる自分の家。
どうしてこのようなものが神殿に必要なのか、お嬢さんの目からならば、違った意見も聞けるだろうか。
物置は蒸し暑い。きびすを返して、今や声の聞けない神官の部屋ではなく、預かり子のもの扱いになった自室に引っ込んだ。
そして、紗を被り、二十年教えられたとおりに、瞑想を試みる。

「……うん、わかんねえ」
苦笑してウォルトは紗を引きはがす。快い衣擦れの音。
とりあえずこのザイア神殿に於いて、一番ニールダ神に近づけそうかと考えた末のものが、これだった。しかし大方予想していたとおり、自分の心にも頭にも、特にこれと言ったひらめきは浮かんでこない。
ならば、うすぎぬを透かして神殿の外を眺めやるよりも。

「親父殿に、遠出の許可もらってくるか」

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