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レベッカの帽子

 
 レベッカの好きなものは夕空の茜色、帽子、薄茶と白がほどよく混じった自慢の毛並み。
 
 今日もレベッカは婦人用の帽子をこさえる。タビットの両手は針や裁ちばさみを扱うには適しているとは言いづらいが、レベッカの作るものは高貴な方々にも評判が良い。
「姉さんは、よくこんな細かいことを続けられるね」
「そう? 私は逆にあんたたちみたいに、数字やら記号やら書物を前にうんうん唸ってる方が無理」
 まあ、お金の勘定は嫌いではない。自分の作ったものに他の誰かが、それだけの価値を見出してくれたと思うと、純粋に嬉しい。
「結局あれよ、誇りを持ってやってるからね」
「……くう、もったいないなあ。姉さんがあんなののところに嫁ぐなんて」
「それ、もう何回目よ」
「だって」
「──そうね、あれで小さい頃はかわいげもあったんだけど」
 レベッカは針仕事を休めた手で、左耳の付け根を、そっと押さえた。
 
 
 
 
 あれはフェンディルのどこかだったか。
 レベッカたちのキャラバンは冬を越すため、湖の近くの土手に穴を掘って住み着いていた。
 同じように各地を回る他のタビットたちの一団に、やはりレベッカたちの年頃の男の子たちがいて、そしてその中に、長い付き合いとなる白黒模様の少年がいた。
 妖精が見えるという。
「ほんとに見えてんのか? 全然妖精に力を貸してもらってるところ見ないじゃんか」
「お父さんが、大人になるまで魔法は使っちゃいけないって」
「なーんで。僕の兄ちゃんは大人じゃないけど、魔法で大人たちの手伝いしてるぜ。
 僕だって術を覚えたらすぐに手伝うんだ」
「やっぱりお前、ほんとは使えないんだろ?」
「使えるってば! わかった、証明するよ」
「へー……じゃあ……、
 あのお高くとまってるレベッカの、頭のリボンを風で吹き飛ばしてやれよ。
 風なら初歩の術だし、使えるだろ?」
「だめだよ! 人に向けたらいけないんだ」
「人じゃないよ、リボンだよ。なんだ、やっぱりできないのか? いくじなしー」
「うーそつきっ、うーそつきっ」
……あとで関係者と本人の証言から推測したところ、こんなノリだったようだ。
 
 父親の部屋からこっそり持ち出してきた宝石を捧げ持って、小さな妖精使いは呪文を唱えた。
 珍しい相手から手伝いを頼まれた妖精ははりきって、レベッカのリボンにとびかかった。
  
……火の粉が。
 
 
 というわけでレベッカにとって、未来の舅の最初の印象は、額を地面にこすりつけて──隣のせがれにも同じようにさせて──ひたすら陳謝している頭頂部だった。
 
 
 母親が自分の古い帽子からヴェールを取り去って、幅広のリボンを付けてくれた。
 左耳の付け根、リボンがあったところにそれを当てて、あごの下で結べば少し焦げて縮れてしまった毛も気にならない。
 でもさすがに昼間から堂々と屋外に出るのは気が引けて、……夕方の土手を、レベッカは散歩していた。
 ふと腰を下ろして、水面に自分の姿を映してみる。
……悪くない。
 明日は昼から外に出ようか。
 そう思ったとき後ろから声が掛かった。
 
「夕焼けの中だと、君、ピンクに見えるんだね」
 
 白黒模様の彼だった。
 
「何の用」
「……別に、用じゃないけど」
「じゃあ話しかけないで」
「…………じゃあ、用、ある。えっと……」
 それは用があるではなく用を作ると言うのだ。しかしそう教えてやるのも癪で、レベッカは再び湖に視線を落とした。
 彼は気にした様子もない。
「そうだ、怪我、大丈夫?」
「……少し熱かっただけだから」
「そっか! よかったぁ。……おばあちゃんに、女の子を傷物にするなんてってげんこつ食らったんだ。でも傷物になってなかったんだよね、よかった。
 あ、でも、傷物になっちゃってても大丈夫だよ。僕がお嫁さんにもらってあげる」
 そう傷物傷物と連呼しないで欲しい。……って、何か今変なこと言い出さなかったか、こいつ。
「あのねー……あんたのおばあちゃんだけじゃないよ。うちの父さんも母さんも怒ってたんだから」
「そっか、ごめんなさい。
……で、君は?」
「は?
…………ああ、もちろん、怒ってたけど」
「怒ってた、ってことは過去形だよね」
「……怒ってるけど。これでいいの?」
「あ、うん、ごめんなさい」
 なんだこいつ。調子が狂う。
「用がそれだけなら、もう帰って」
 そうつっけんどんに言ってみたら、彼ははじめてもじもじした。ちょっとキツすぎたかな? まあ、知るもんか。
 けど、少年の言うことはレベッカの予想を大いに超えていた。
 
「……あの……、ほんとは、こっちの話をしたかったんだ。
 君、リボン似合ってないよ。
 今してる帽子のほうがずっとカッコいい」
 
 カッコいい?
 リボンがかわいらしいね、とはよく言われていたけど……。
 
……と疑問に浸るレベッカを残して、少年はぷいと湖岸を去ってしまったのだった。
 
 
 
 
「どうして、あんなのを待ってるの?」と訊かれても、レベッカは答えられない。
 ただレベッカは、空を染める茜色と、帽子と、自分の毛並みが好きだ。
 だから、しょうがないのだ。
 
 
 
 おしまい
 
 

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